公衆衛生を学ぶ身として、他国の医療を現場で見る機会を得ました。
国立健康危機管理研究機構(JIHS)のベトナム研修です。
前回からの続きですが、安全管理チームのテーマが急遽「病院のトイレ改善」になるとは…正直かなり驚きました。
でも調べてみると、これは単なる一つの病院での問題ではなく、国家レベルで問題視されている切実な課題でした。
2018年、ベトナム政府の保健大臣がトイレの状況が悪いことに強い危惧を示しています。
2024年の記事でも改善の兆しはあまりないようです。
「Hospital toilets remain a nightmare for the public」
(Vietbao, 2024年)
記事はこちら
なぜベトナムのトイレの状況がこれほど悪いのか?議論を重ねてわかったのは、この問題は「掃除を強化すれば解決」という単純な話ではないということです。
トイレの清潔さは
- 掃除をする人
- それを管理する人
- そしてインフラそのもの
この3つのバランスで成り立ちます。どれか1つが欠けても、すぐに破綻してしまいます。
考えてみれば、排泄物の管理は公衆衛生の根幹です。偉大なる先人、John Snowは言うまでもなく、人類は下水やトイレを整備することで感染症と闘ってきました。改めて「トイレをどう扱うか」が医療に重要であることを実感しました。

議論の末にある打開策を見出し、素晴らしいチームメンバーたちが見事にまとめ上げ発表しました。その成果を自分の成果のように書く気はありませんので(私は時差ボケをこじらせ、したことといえばタイトル考えたくらい)こちらをご覧ください。
多彩なチームメンバーに恵まれ、素晴らしい研修でした。ありがとうございました。
と、これで終わってもいいのですが、個人的に思った点をもう少し書き綴ってみたいと思います。
実は、私がもっとも気になったのは「インフラ」の部分でした。これは短期ー中期では改善できないので今回の研修ではあえて触れていませんでした。
病院を見学していて違和感を覚えました。ベッドは足りているようなのに、廊下やロビーにゴザを敷いて寝ている人が大勢いるのです。みなさん病気というわけではなさそうです。外来患者さんにしては、病棟にも同じような方がたくさんいらっしゃいます。
病院の人員を聞いた時にも違和感がありました。医師の数に対して、看護師の数は1.5倍。日本ではもっと多いように感じます。
調べてみると、これにはベトナム独自の医療文化が関係していました。
患者さんの食事や身の回りの世話は、家族がするのが当たり前。だから付き添いが24時間院内に滞在し、結果として病院が常に混み合います。すなわち入院患者さんとほぼ同じ人数、あるいはそれ以上の家族が常に滞在しているわけです。
看護師さんが少なく見えるのもそのためで、彼らは診療に集中し、患者さんのケアは基本的に家族が担っていました。
そういえば、私も付き添いで病院に泊まったりしていました。昔の日本もそうだったかなと思い出しつつ、文化の違いに納得します。
もちろん家族用のベッドはなく、廊下や軒下に敷物を敷いて寝泊まりされています。入浴や洗濯の施設もないため、トイレで水を汲んで水浴びをし、トイレで洗濯せざるを得ないわけです。
日常生活と医療現場が文字通り入り混じっているのです。
僕は、この状況が、病院のトイレを危機的にしているのではと考えました。おそらく、病院の施設はこの家族滞在を考えて設計されていない。家族は廊下やベッドの隙間、外の軒下で寝泊まりし、トイレや洗面設備も患者と共用です。
結果としてその方達の入浴・洗面・洗濯までトイレに集中します。入院患者用のトイレにすなわち2〜3倍の負荷が常にかかり、結果として破綻しています。
日本の援助で建てられた病院も多いようですが、おそらく入院患者分しかインフラを用意していないのでは。結果として、家族はベッドの横や廊下、ベランダなどに居場所を見つけるしかありません。その歪みがトイレに現れているのではないか。 病院を歩くと、ベランダでお父さんが着替えをしながら洗濯物を干していました。
補足ですが、ホテルやレストランのトイレはとてもきれいです。ということは「病院だけが特別に汚れる理由」があるわけで、やはりこの付き添いシステムが大きな要因ではないのでしょうか。
しかし、病院のインフラをゼロから整えるのは簡単ではありません。どうするか。

ここで考えたのは、日本の技術が応用できるのではないかということです。
混み合った環境に無理やり場所を作り上げる。住めるのではないかというくらい快適なトイレ環境。おお、まさに日本がずっと取り組んできたこと。
カプセルホテルの仕組みを活用し、病院のそばに家族の簡易宿泊施設を作る。コインランドリーを併設する。さらに、日本の清潔に管理するトイレの運営システム自体を輸出する。これこそ世界中で必要とされるのではないかと思いました。
もちろん、これはすべて僕の仮説です。しかし、今ベトナムでは最先端技術よりも、トイレをいかに清潔に保つかという基本技術が求められているのではないか。 世界が必要としているのは必ずしも「最先端の医療技術」ではなく、もっと基本的な「清潔で維持できる院内環境」ではないか。ナイチンゲールが示したように、病院の環境を整えることが治療成績に直結します。
最初に「トイレ」と聞いたときは驚きましたが、今振り返ると、とても良いテーマだったと思います。
もし僕がイーロン・マスクならここでプロジェクトを始めていたかもしれませんが、あんなにヒマではありませんので、チラリと見てくださった日本のカプセルホテル業界やトイレ業界の方に、遠慮なくアイデアを使っていただければ嬉しいです。
本当に必要なことは現場でしか分からない。華やかな最先端技術ではなく、現場で本当に必要なものに目を向けること。それこそが支援の本質だと、ベトナム研修で強く感じました。日本の“トイレ力”は、実は世界に大きく貢献できる可能性を秘めていると思うのです。
※これはあくまで現地で見聞きしたことから生まれた私の仮説です。裏付けはこれからの課題ですが、まずは共有したいと思います。


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