p<0.05と「風邪だと思います」はちょっと似てる The Honesty Behind Uncertainty

投稿者: | 11/11/2025

統計学を勉強していると、これまでは「P値<0.05で有意差あり」と発言することが多かったけど、
いざ真面目に勉強すると、そこをすごく謙虚に捉えだしたことに気づきました。

以前は「帰無仮説を棄却できる程度の証拠が95%の信頼水準で得られた」という言葉を聞いても、
正直、理屈っぽい僕でも「理屈っぽすぎない?」と思っていました。

しかし最近、P値が0.05以上でも別に「差がない」というわけじゃなくて、
その確信度を P値によって “weak, moderate, strong, very strong” と使い分けるようになっている。
あれ?と思いました。

どの程度、統計的に出た結果に確信が持てるか。
決して「差がある」とは言わないし、あくまで「このぐらいのパーセントで言えるかも」という言い方しかしない。

なんとなくもやっとする感じ。
あれ?これってどこかで見たような──そう、天気予報もそうかな。

たとえば、明日の降水確率が10パーセント。
じゃあ明日は晴れかというと、「降水確率が10パーセント」としか言えない。
絶対降らないとは言えない。それは感覚的に分かる。

医者もそうかな。
患者さんが病院に来たとき、軽い熱、喉の痛み、胸の音も悪くない、食欲あり。
扁桃腺も赤くなっていない。

──というのを全部踏まえて、「風邪だと思います」と言う。
決して「風邪です」とは言わない。

これって曖昧だったり、はっきり言わないとか、自信がないとか、「逃げだ」と言われるかもしれないけど、
僕はこれは全部「誠実さの裏返し」じゃないかなと思うんですね。

だって、正直わからない。
明日が降水確率10パーセントでも、「絶対降らない」なんて誰も言えない。

でもそれは逃げてるわけじゃない。
自信がなくても社会を進めるために、言わないといけない。
いっぱい考えて、「降水確率10%」としか言いようがない。

風邪症状で病院に来ている人がいて、本当に風邪かなんて誰もわからない。
経過を見ないことには分からないし、とんでもない病気が隠れてるかもしれない。

でもそれでも、その状況で患者さんに負担を少なく、社会の医療資源を消費しすぎないよう、
とにかく診断をつけて、必要な処方や説明をしないといけない。
だから「風邪だと思います」と言う。

でもそれが「明日は晴れ」「これは風邪」と、受け取った側に言い換えられてしまった時、
少し伝えた側の心が傷んでいるような気もします。

統計学者の方が、
「P値は0.05を下回っているけれど、『有意差あり』と簡単には言い切れない。」と言うときの背景にも、
逃げではなくて、あくまで物事を真剣に捉えようとする誠実さ。
そんなものが、そこにある気がします。

結局、P値も診断も、どちらも「思います」の世界に立っている。
その曖昧さを引き受け誠実に伝えようとするところに、科学も医療も人間の品格が宿っている気がします。

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