レビュアーは神様です Why you gotta be so rude

投稿者: | 2023年11月21日

エディターをしていると、多くはないですがMajor revisionの後の再提出版が、Rejectされるのを目撃します。

学術論文は雑誌に提出後、2人のReviewerにチェックされ、①Accept(そのまま採用)②Revision(Major revision/ Minor revision) (修正後再検討)③Reject(却下)の評価を受けます。基本的には②か③になります。②の場合は修正後に採否が再検討されますが、通常採用されることが多いです。

が、時々却下されることがあります。

実はこれは双方ともにダメージが大きい。再提出する側は膨大な時間を修正に費やしています。却下されたら、また1から再提出のやり直しです。一方レビュアー・エディターも結構な時間を費やしており、却下のメリットというのは特にない。

別に意地悪で却下してるわけではありません。そんなレビュアーはまずいないですし、そんな暇な人は最初からレビュー自体を受けないでしょう。

ここで目撃する最も多い理由は、著者がレビュアーの質問に対し何ら修正をしていないことです。

無理難題かなと思うような質問もよくありますが、著者は必ず何らかの返答をする必要があります。著者が質問に対し返答はしっかり書いてあるんですが、返答のみで「ご理解ください」とまとめてあると、「却下」になる確率が高いようです。別にレビュアーに媚びる必要はありませんが、多少なりとも本文を修正したらいいのにと思うわけです。却下できる理由に「質問に適切に対処していない」という項目があり、それに適合してしまうわけです。

全くレビュアーをしたことがない人は、とかくレビュアーを敵視しがちなように思えます。「上から目線」「見当違い」「論文に書いているのに、ちゃんと読んでなくて質問してる」。確かに、自分が丹精込めて書いた論文に上から目線で言いたい放題言われて、いらっとするのは人間として当然のことでしょう。

しかし私がここで主張したいのは、レビュアーは全てボランティアだということです。

とても忙しい中、ほんの気まぐれで面倒な仕事を引き受けてくれたわけです。ですので、論文を隅から隅まで読んでなくても致し方ない。別にレビュアーはそれで給料もらうわけでもないですし、評価されるわけでもない。上から目線は当然。著者ほど論文を理解してなくて当然なわけです。

例えとしては、隣の建物の忙しそうな先生を訪ねて、自分の論文の評価を聞いてるような状況です。その先生は忙しいし、別にその論文がどうなろうと、どうでもいいわけです。ただ、わざわざ見てくれるくらいですから、結構な親切心と好奇心の持ち主です。そのような方にどういった態度で接すべきか?

喧嘩腰や議論は論外でしょう。ありがたく拝聴し、記載している内容で質問があれば「ここに書いているのですがわかりにくくて申し訳ない」くらいの謙虚さが必要でしょう。そこで攻撃的な態度をとったら「なんだ、こいつ」となるわけです。

レビューは味方ゼロの完全アウェーです。僕は、妻の実家に初めて行った時の気持ちを思い出すようにしています。なお、下の曲は妻(予定)の実家に行く心細さを歌った名曲です。あまり関係はありませんが。

論文の採否を見ていて思うのは、ReviewerにしろEditorにしろ、一番見ているのは実は著者の誠意じゃないかなと思います。

正直、論文の良し悪しと言うのは時間が判断していくものです。送られてくるものはいずれも素晴らしい論文ばかりです。しかしその論文が本当に信用できるのかというのは、データだけでは完全に見極め切れない。

そういった時に、著者が誠意ある態度で対応する器があるか。この誠実な態度を取る研究者なら、誠実にこのデータを出してきたんだろう、というのも判断基準の1つになるわけです。