手術をしないと外科医はいまいち居場所がない There’s not much room for surgeons without surgeries.

投稿者: | 2024年7月11日

手術がしばらく途切れた時期、自分に思いがけない変化がありました。

なんだか、妙に疲れます。かつ妙なため息が増え出しました。別に忙しくないのに。なんだか仕事も避けようとしがちです。

まとめると、全体に元気がないのです。これってなんだろう?

ちょっと不思議でした。何故かと言うと、僕は手術があんまり好きじゃありません。

手術はものすごくストレスが大きい。自分の手技のわずかな幅が、ダイレクトに患者さんに影響します。終わった後は毎回クタクタです。たとえ30分の手術でも、その後動けなくなる位の疲労感です。もし術後経過が良くない場合には、凄まじい自己嫌悪に陥ります。

こんな感じですから、自分は手術があまり好きじゃないと思ってました

手術がないと起きてくる変化を見つめてみました。他の人はよく分かりませんが、自分の中では

1。なんとなく不機嫌。妙な焦燥感。

2。妙に疲れてる。ため息が多い。

3。頼まれごとを避けようとする。予定変更を極端に嫌う。

という感情が増大してくるようです。これってなんだろう?

そこで、ふとよぎった思い。「俺ってなんだっけ」 ここで気づきました。「手術しない外科医は、中途半端な何でも屋にすぎない。」

手術がない時に外科医が行う仕事は、手術に関係した外来・入院患者さんの診療だけではありません。

胃カメラ検査やカメラを使った外科的処置。抗がん剤治療。がんの進行で苦しむ患者さんの緩和治療。内科医がいない時の代理処方。整形外科医の手が足りない時の整形外科的診察・処置。皮膚科的診察・処方。健診業務、手術の麻酔。

しかし、ここでふと気づくのですが、これらには全て専門家がいます。消化器内科医、腫瘍内科医、緩和ケア専門医、各内科医、整形外科医、皮膚科医、総合健診医、麻酔科医。外科医はなんでもできるように見えますが、はっきり言ってこれらの専門家には敵いません。

となると、外科医はファミリーレストランのようなもので、やっぱり蕎麦は蕎麦屋で食べた方が美味しい。蕎麦屋が混んでるのでファミリーレストランで蕎麦を食べた人たちは、決してそこで蕎麦を食べるために来たわけではないでしょう。

となると、専門家には勝てない中、「ま、ここでいいか。」「え、⚪︎⚪︎科ないの?」「すみませんが外科医しかいないんで」という状況が続くと、段々自信が失われ自己肯定感が減っていきます。おそらく私に起こった現象はそれではないかと思われます。

じゃあ、外科医の専門とは?やっぱり「手術」です。これは間違いなく自分のアイデンティティなわけです。

となると、たとえば非常勤外科医は自分のアイデンティティである「手術」に入る機会をどうしても犠牲にしがちで、辛いわけです。下手に楽なようにと「手術」以外の機会を与えられてばかりいると、やっぱり自己肯定感が減少してつまらなくなるわけです。

しかし、一方「手術」のみに外科医が依存してしまうのも危険だと思います。それを奪われた時に一気に精神が不安定になったり、失わないために現状にしがみついてしまう危険があります。

あまりネガティブなことを書くのは好きではありませんが、僕は過去に2度ほど手術から干されていた時期があります。こんなブログで好き勝手書く自己主張の強い人間ですので、嫌われる上司には嫌われます。(とはいえ、2回島流にあった西郷隆盛や、27年間牢獄に入れられたネルソン・マンデラに比べれば可愛いものです。)

そんな中、「手術したい!」と媚びるのもシャクでしたので、話が通じる人に頼みこんでこっそり手術にいれてもらいました。また、手術以外の自分の得意分野の開拓に勤しみました。そういった辛い時期をなんとか乗り切り、結果として自分の幅を広げれたので、今となっては糧だったと思います。

結局、外科医の専門は「手術」。それを大事にすることは重要。同時に、生き抜いていくために意識してもう一つの柱を作っておくのも大事だと思います。