自分の論文の構造を模倣されたことを不快に感じ、「剽窃」と断じた話を前回書きました。しかし、僕は基本的には模倣をできるだけ許容すべきと考えています。
科学界では研究を真似するのは日常茶飯事です。非難する方もいるでしょうが、「肺がんでこういった報告がある。膵臓がんでも同じような結果が出るのでは?」と考えるのは、きわめて自然な合理的思考と思います。
そんな信条の私ですが、真似された際に感じた「パクリ」とはそもそもなんだろうと考えるようになりました。Googleって色々読んでみても、何かすっきりしません。
模倣を3つに分類したいと思います。
1。パクリ(盗用、剽窃)
ロッチ ビックリマンチョコ(本物のロッテ製じゃないと気づかないで買うことを明らかに狙っている)
2。リスペクト、オマージュ(尊敬を込めて参考にした。一部引用した。と制作者か他者が主張している)
黒澤明「乱」(リア王)
3。パロディ(元ネタがわかる人がニヤリとするような変換を加え、遊ぶ。)
概ね、模倣が発生した時に上記3つに分類されることが多いようです。しかしここで気になるのは、元々のアイデアの創出者の目線が抜けてるようです。
では、創出者はどう考えるか?
1。パクリ
感じるのは権利侵害でしょう。メリットはなく、自分の魂を削って考えたアイデアで他人が利益を得て、自分は損失を受けるわけです。怒りを感じるでしょう。
では3。パロディは?
苦笑でしょう。引用元である自分の作品に興味を持ってもらえる一方、自分の愛する作品をいじくられ茶化されるのでうれしくはないでしょう。しかし、それで怒ると「大人気ない」と自分の株を下げてしまう危険があります。
少なくとも利益を奪われ、アイデアの権利を失うことはないでしょう。パロディ作品が、自分の作ったオリジナル作品の代替にはなり得ないので。
一番判断が難しいのは「2。リスペクト」になります。
自分のアイデアを使用され、相手は利益を得ます。引用元である自分の作品が明らかであれば、興味を持ってもらえるので利益は期待できます。一方、危険なのは、自分が作った元ネタより引用した側が有名になりすぎると、そちらがオリジナルのように扱われる可能性がある。そうなると明らかに不利益です。
ここで注目すべきはリスペクトされた側の利益としては、自分の作品を知ってもらえる(かも)以外にメリットがないことです。となると不利益が生じた時に、リスペクトされた側の感情は一気に怒りに転ずる可能性、そして「パクリだ!」となるわけです。
こう考えると納得がいきます。前回の、私の論文が参考にされた際に感じた怒りは
利益:自分の論文が参考論文としてあげられている。(ただし多くの文献の一つとして)
不利益:構造やアイデアなど多くが使用され、そのことは論文内に反映されず自分のオリジナリティが消滅している
という構図において、不利益が大きく優ったからと考えれます。
すると「参照・リスペクト・オマージュ」というのはあくまで、する側の目線。される側にきちんと利益を供出しないと、主観や感情によって容易に「パクリ」と言われうる非常に危ういものだと言えます。
ピンバック: アイデアや構造の模倣はどこからが剽窃? Can AI detect analogy? – 外科医は子育てと研究の夢を見るか Does Daddy-Surgeon Dream of Research?
ピンバック: パクリではありません。パロディです。 How to avoid the trouble that comes from unconscious (or conscious) plagiarism. – 外科医は子育てと研究の夢を見るか Does Daddy-Surgeon Dream of Research?