「べき」「はず」の理想論に頼りがちな主治医制 The primary doctor system depends on idealism.

投稿者: | 2024年1月17日

前回、医師の勤務形態に関して主治医制、チーム制、シフト制の利点欠点をまとめてみましたが、今回は主治医制に大きく踏み込んでみたいと思います。

主治医制とは、ある患者さんの責任者を1人の医師が担当するという方法です。おそらく一番広く採用されている方法でしょう。

利点

責任の所在がはっきりしており、誰に治療方針を確認したらいいかわかりやすい。

患者さんは誰が自分の責任者か明確なので、安心感を得やすい。

自分の担当する患者さんだけに集中すればいいので、仕事量がわかりやすい。

欠点

その医師がいないと決定できる人がいない。

主治医の力量が未熟だと、患者さんの診療が不十分になる危険がある。

合併症が発生した時に対応への負担が主治医1人に集中する。

自明のことを上に書き連ねましたが、では、これらの利点と欠点は「誰にとっての」利点・欠点なのか?という疑問が湧きました。どうも混然としている気がします。

そこで、「医師」「患者さん」「管理者」「院内他業種」という視点からまとめ直してみます。

1。医師の立場から

利点:自分の患者さんだけみればいいので、仕事がわかりやすい。それまでの流れを基本的に理解しているので引き継ぎの時間がいらない。自分が治療方針を決定できるので、仕事の充実感を得やすい。意思決定に要する時間が短く済む。

欠点:ほとんどの責任が自分にかかる。どんな時でも(それこそ休みや夜中に関係なく)自分が決定しないといけないし、何かあれば自分が病院に行って対応・説明しなければならない。何人か担当患者さんで合併症が発生すると、精神が崩壊しそうになるくらい疲弊する。

2。患者さんの立場から

利点:誰が自分の担当か分かりやすく、誰に聞けばいいか分かりやすい。

欠点:主治医がいないと自分の治療を決定してくれる人がいない。医師が未熟だったり性格に問題があると、偏った治療がなされたり、コミュニケーションが難しくなったり、関係性が悪化すると心理的負担が大きい。

3。経営者の立場から

利点:主治医人数x担当可能患者数の単純な計算での病院の対応可能人数を計算しやすく、おそらく最も運営効率が良い。(おそらく)複数主治医制に比べて医師の総給与を安く抑えれる。

欠点:一部の医師に問題があると、他医師のフォローが入りづらいため、一気に病院の評判が悪化する。

4。院内他業種の立場から

利点:誰に方針を聞けば良いのか分かりやすい。

欠点:主治医が不在・連絡がつかないと、どうしようもなくなる。他の医師に確認しようとしても「主治医に聞くよう」言われ、業務が回らなくなる。

こうやってまとめてみると、主治医制というのは効率はいい。うまく行ってる時はいいけど、なにかこじれると途端に色んなところがストップする危険があるようです。

原則として「ーはずだ」「ーべきだ」の理想論にのっかているのではないかと感じます。

「主治医は優秀な医師であるはずだ」「問題があるはずはないし、そうだとしても何らかのフォローが入るはずだ」

「24時間いつでも必ず連絡がとれ、かけつけれるはずだ」「そうでない時は必ず代替手段を用意しているはずだ」

「医師は病気にはほとんどならないはずだ、なっても連絡が取れるはずだ」

「治療はうまくいくから、このくらいの患者数は問題なくみれるはずだ」

「家に何か問題があっても、いつでも医師は病院に来れるべきだ」

なんとなく経済学で有名な「ホモ・エコノミクス」を思い出しました。経済学の用語で、どんな時でも必ず合理的な判断ができる「ありえない人格」のことです。この「ホモ・エコノミクス」を前提とした学問がなされがちですが、当然人間はそんなに理想的には行動できないのです。

医師とはいえ、当然誰でも業務に得意・不得意はあり、職場に言わずに家族で県外に温泉旅行に行ってることもあり(そもそも常に言わないといけないのか疑問ではあります)、飲みすぎて着信に気づかないこともあり、スマホをバイブ設定のまま寝てしまうこともあり、夜中の3時に叩き起こされて頭が回らないことがあり、大雪で動けないことがあり、病気で動けないことがあり、配偶者が不在で自分しかいないのに子どもが熱が出ることがあり。

まとめてみましたが、制度導入に際し迷ったら、まずは主治医制でいいかと思います。

しかし、うまく行ってる時はいいですが、何かが起こると一気に瓦解する危険があります。常にセーフティネットのことを考えておかないといけないでしょう。